スーパーカーが好き その1
スリーアウトチェンジ?いやいや、HIGHVISIONでしょ、という話を誰かとしたことがあります。僕は基本テクノチックなものを好む傾向にあって、HIGHVISIONこそ傑作だと思っている節があります。(次点でANSWERが好き)
その中の、有名な『YUMEGIWA LAST BOY』について語りましょう。実写映画ピンポンの主題歌ですね。ちなみに、好きな映画を挙げろと言われたらまず出てくるくらいには大好きな映画です。In the USAも歌いなよってね。
まず、タイトルが最高です。
夢際。元々存在しない言葉だと認識しているのですが、この一つの造語があまりに多くの余白を生んでいます。夢という意味さえ曖昧な言葉に、際という危うさを乗せる。細い平均台の上かもしれないし、崖の縁かもしれない、滲み出る向こう見ずな不安定さが若さを演出しています。多分、夢際に居る人は真剣で楽しそうです。そこに立っていること自体が楽しいと言いたげな、そんなことまで考えさせます。
それに続く「ラストボーイ」なんと切ない響きでしょうか。最後の少年というのは何が最後なのか、それとも少年の最後なのか。汗が滴るスポーツ的な青春を思わせるボーイという選択が良いですね。官能的とさえ思うような美しさがあります。
この曲では同じような語句が続きます。
「永遠なる無限」は似て非なる言葉が繋げられて、ただ雰囲気だけが宙に浮いています。この歌詞を思い浮かべている少年は『今』を最後と理解していながら、それが永遠のようで、ずっとこのままでいたいという淡く夢現のような希望を抱いているのでしょう。それこそピンポンの最後に描かれる試合のような。
つまるところ、夢に触れたことで自分の中に無限が生まれたんですよね。だから、同じようなメロディラインが続くことに意味がある。だから「自然と愛への礼」が出る。夢際に立った瞬間、もはや人智を超えた景色がそこに生まれ、世界(愛)を肯定したい気持ちに駆られたわけですよ。まったく、抽象的なことばかり連ねて、伝わっていたら良いんですがなあ。
いしわたり淳治氏はそりゃもう素晴らしい歌詞をたくさん残しています。でも僕は、このスーパーカーが電化した時期に残した歌詞のセンスが大変好みです。本人は望まぬ形かもしれませんが、センスがあまりに溢れ出ていませんか。
何度聞いても良い曲です。初めて「YUMEGIWA LAST BOY」に触れた時、とてつもない衝撃が走ったことをいまだに覚えています。風邪を引いたかと思いました。
余談ですが、映画の最後に流れるバージョンと音源を聴き比べると少し違う気がするんですけど僕だけですかね。ではまた。

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