BUMP OF CHICKENが好き その2
時間という魔法を使った料理を召し上がれ。ということで、『魔法の料理〜君から君へ〜』についてですよ。
この曲は涙なしには語れんわけです。聞いていて寂しくなるのに、ある程度歳を取ったことが愛おしくなる曲でもあり、昔の景色がより愛おしくなる、そんな人間と時間の愛に溢れすぎている曲です。この曲を知らない人はとにかく聞いてください。
ピアノシンセのような音とストリングスから静かに入り、藤原基央の手癖らしい弾き語りのコードが進んでいきます。
「叱られた後にある晩御飯の不思議」こんな始まりえぐいですよ。子どもにとって、叱られるというのは自分の世界全てを否定されたような気持ちです。なのに、おそらく叱ったであろう誰か、親なんかが自分のために料理をしているわけです。たった一文でその大きく温かい背中を思わせるんです。
子どもはこの温かさを感じ取っているんですが、なぜこんな気持ちになるのかわからないんです。だから、「魔法だろうか」と泣いているんです。
その後に「正義のロボットの剣」が出てきます。順番が前後しますが、二番では「プラスチックの何とか剣」に変わります。時間の経過と興味の薄れを感じさせる見事な対比です。模様のつもりだった、というのも堪りません。僕自身、子どもの頃にやんちゃ心と妙な善心で家の壁に落書きをしてこっぴどく怒られたことがあります。その時の自分の気持ちを裏切りたくないから「好きになろうとした」んですよね。
全体的なメッセージとして、タイトルからも分かるようにこの曲は大人になった自分から小さな自分への伝言です。
小さい頃の自分を最大限肯定するように、宝物は宝物のまま古びて、言えない思いは育たないまま抱えてるというようなことを言い切ります。なんと愛に溢れた断言でしょうか。過去がなくなることはなく、それもすべて自分の中に内包されていくんです。忘れることも、忘れないことも、全部一様に自分なわけです。
また、直接的な話も出てきます。怖いパパが優しいこと、陽気なママも泣くこと、おばあちゃんが痴呆になったこと、ひげじいが死んだこと。どれも普遍的ですが、前後の流れがあることですんなりと入ってきて、自然にほろりといってしまうわけです。
子どもの頃の小さな視野が世界の全てだと思っていた全能感や永遠と信じたものが、大人になり現実を見てしまうこと。
しかしその過程すべてが宝物だということ。
それをBUMP(僕たち)は歌い、楽しみにしててと勇気づけられること。
メソメソすんなって、いつか全部わかる。僕は君だからってね。大人になった僕が言う。
もう全部ね、全部完璧ですよこの歌は。なんですか。そしてこれが、みんなのうたに寄稿されたものだということも含めて全部ずるいよ。
余談になりますが、実はこの魔法の料理のシングルには『キャラバン』というとんでもない曲が入っています。
一節紹介しておくと、「感動にシビアなわけじゃない、感情に脂肪がついただけ」です。ここまで人間味のある泥臭い暗さをカップリングにするとは、なかなかのもんです。
あと隠しトラックの『三人のおじさん』。昔のネット文化に触れていたら知ってる人が多いカモ。改めて見ると、とんでもない幅を見せてくれるシングルですなこちらは。ではまた

コメント