スピッツが好き その1
スピッツというバンドに関して、僕はあまり詳しくありません。ならばこんなタイトルをつけるなと思われるかもしれませんが、心配ご無用。僕もそう思います。タイトルを統一してしまっているので許してくださいな。
スピッツのアルバムでは『ハヤブサ』がなかなか好きで、その中でも『さらばユニヴァース』が好きです。しかし、このアルバムは妙に音が良すぎるんですよね。解像度が異様に高いのに膨らみがあって、全体のまとまり感が完璧です。そして、このアルバムを聴いているとやっぱりロックバンドだなと思わせられますね。
そんな中今回取り上げたい曲は『春の歌』です。有名だと思います。当時仲の良かった友人がこの曲をカラオケで歌っていて、やけに感動したことを覚えています。本当に良い曲だなと。メロディはもはや言わずもがな、もちろん歌詞も良いんです。
さて、春の歌と言われると何かこう煌々としたイメージであったり、暖かさを連想しませんか。仮に桜であれば儚さなんかを考えますが、ここではもっと大きく春について言及しています。
そんな明るさを想像しながらいざ聴いてみると、冒頭からかなり暗い描写が続きます。「重い足」「ぬかるみ」「トゲ」そういった単語が続き、すべて身体性に直結するような苦しみを描いています。この身体性というのが本当に切実というか、鋭い切迫感を思わせます。これを冒頭に置くことも含めて巧い、と唸ってしまいます。
続いてトンネルを潜り抜けると、始まったとこだった、つまりスタートラインに立っていたという描写が入ります。鬱々とした気持ちで閉じこもっているとき、あるいは酷い苦労をしているとき、そのときの自分が見ている閉塞的な世界がすべてだと勘違いします。しかしそれを抜けてみると、広く明るい世界が始まるんです。これは長いトンネルの時間さえも肯定しているんじゃないだろうかと、スタートラインに立つための時間だったと思わせられます。だからこそ心の解放があり、世界が違う色に包まれていくのではないでしょうか。僕はそんなふうに思います。
ちょっと遅めのペースで書いてますね。じゃんじゃん行きましょう。
サビでついに春の歌が出てきます。これが愛と希望より「前に」響きます。春の歌というのは始まりを告げるもので、気がついたら物事は始まっていてそこに付随して愛や希望が生まれるわけです。これは結構重要な順序の告白だと思います。愛や希望がなくても春の歌は響くんですね。
そして、曲中に何度か「君」が出てきます。この君についての解釈はいくつかあると思いますが、主人公が前を向くための何かであって具体があるわけではないと考えています。
そんな君に「聞こえるか?」と近い距離感で語りかけているのがグッときますね。ここだけ相手がいる言葉遣いなのが際立って良いです。二番では「遮るな」と自分に命令しているのも対比が美しいです。
「サルのままで孤り」というのは、等身大の人間よりもっと根源的な部分を持ったまま、しっかりと地に足をつけて歩いていくという強い決心でしょうか。立派になるわけではなく、不恰好なところも、本能的なものもすべて抱えたままです。社会に適応するということを前進と捉えているのではない歌だと僕はこの一節から感じました。つまり、すごく人間的な営みを大切にした歌詞なわけです。
この曲は、人生観、あるいは死(に近い状態)から生に向かう道筋を示した歌だと僕は感じています。春は勝手にやってきますからね。そういう生の力もありましょう。
それらがずば抜けた爽快感すらあるメロディに乗せられ、情緒がより深く揺らぐ曲になっています。やはり天才でしょうスピッツは。スピッツの歌詞にはいつもこんな薄暗さを入れてあるように思います。これがスピッツの生々しさと感動ですな。
そして、草野マサムネさんの歌声は良すぎますな。改めて、もっともっと詳しく知りたいバンドです。

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