キーウィという曲について
- まひと

- 8月7日
- 読了時間: 3分
我々、是是には『キーウィ』という曲があります。聞いていただけていますでしょうか。ええ、そうです。今週はネタを温存するために自分の曲に寄り道します。八月に入りましたし、ゆっくりいきましょう。
キーウィというタイトルのモチーフは鳥の方です。夜行性で、飛べない鳥ですね。
僕が知っている情報はそれくらいです。あとはニュージーランドの鳥ということくらいでしょうか。無知な私をどうかお許しあれ。でもぬいぐるみは持っています。
一語一句解説しても、自分で自分の歌詞を解説するほど野暮なことはないですし、イタさを積み上げていくだけですから。塔のようにね。なので、掻い摘んで触れていこうかなと思います。
早速。
冒頭、「夢を見る灼けた者」というフレーズがあります。この灼けた者というのは『銀河鉄道の夜』に出てくる「みんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない」というセリフから来ています。
主人公(キーウィ)は、その優しさ故にもう灼けてしまっていて、その後に続く疲れたよという一節に繋がるわけです。
そして、どこでも良いからとにかく遠くへ、という逃避を考えている最中です。
次に「溢れ出す清水の無垢」というフレーズについて。これは、どれほどの悲しみや痛みといった負の感情を背負い込んでも、流れる涙や内から溢れ出るものは本質的に透明で汚れることはないという意味を込めています。
続く「焦げたのは心の先」についても、他人との関係性やその他の影響で心が焦げ(荒む、汚れる)ても、奥の芯までは決して届かず、透明を保つだろうというメッセージです。これは人間とはそうあって欲しいという僕個人の願いでもあります。
サビはまあ、そのままでしょう。
僕が言いたいのは、「ただ明日を待てるなら」です。この一言に尽きます。
劇的な属性も持たず、元来飛べるはずの鳥という種でありながら空を飛ぶ力もない、皆が眠る夜にヒソヒソと活動する、こんな生き物(そういう生き方をする我々)の、ただ自分の体を灼いてしまうような優しさを持つという尊さは失われるべきでないと僕は思うんです。
日々苦しみは絶えませんが、それでも生きるという選択をするその強さを最大限賛辞してあげたい。これはおそらく自分自身に言い聞かせている部分でもあります。結局、再生や希望はなくても、ただ今を耐え忍ぶというだけの歌です。ただそれだけ。けどそれだけ。
まあ、苦しいですわな。毎日毎日、なんだかな。
同じような悩みを持つ人がこのキーウィという曲を聞いて、実は仲間がいるのかもしれない、一人じゃないのかもしれない、と気づいてくれたらと思って書きました。僕はここに居て、こんな歌詞を書いてます。そんな感じで、ゆっくりいきましょう。
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